スノウチニュース<№262> 2026年8月


【建築関連統計】
日建連の6月総受注額約1兆7,649億円(前年同月比3.4%増)
民間工事は1兆0,282億円(前年同月比19.7%減)

日本建設業連合会(日建連)が7月29日に発表した会員企業92社の2026年6月分の受注工事総額は、1兆7,649億5,800万円(前年同月比3.4%増)となり、前年同月比では4ヵ月ぶりに増加となった。そのうち、▽国内工事が1兆7,048億0,200万円(同5.5%増)となり、同4ヵ月ぶりに増加、▽海外工事が601億5,600万円(同33.6%減)となり、同3ヶ月連続で減少となった。
▽民間工事が1兆0,282億5,300万円(同19.7%減)となり、同4ヵ月連続で減少、▽官公庁工事が6,719億4,500万円(同101.4%増)となり、同2ヵ月で増加となった。
民間工事のうち、▽製造業が2,184億2,300万円(同20.8%減)となり、同2ヵ月連続で減少、▽非製造業が8,098億3,000万円(同19.4%減)となり、同4ヵ月連続で減少となった。官公庁工事のうち、▽国の機関が4,907億3,800万円(同201.6%増)となり、同2ヵ月連続で増加、▽地方の機関が1,812億0,700万円(同6.0%増)となり、同2ヵ月で増加、▽その他が46億0,400万円(同92.2%増)となり、同8ヵ月連続で増加となった。
26暦年(1月~6月)の受注総工事額は、10兆6,486億8,200万円(前年同期比6.2%減)となった。▽民間工事が7兆2,791億7,600万円(同12.7%減)、▽官公庁工事が3兆1,200億6,200万円(同19.3%増)、▽海外工事が2,242億5,400万円(同41.0%減)となった。
26年度(4月~6月)の受注総工事額は、4兆2,375億1,100万円(前年同期比12.8%減)となった。▽民間工事が3兆0,432億8,600万円(同21.2%減)、▽官公庁工事が1兆1,027億6,300万円(同37.6%増)、▽海外工事が815億4,800万円(同58.4%減)となった。
日建連・地域ブロック別による6月の受注工事額では、▽北海道が818億6,300万円(前年同月比84.1%増)となり、前年同月比では3ヵ月連続で増加、▽東北が1,461億1,000万円(同45.7%増)となり、同5ヵ月連続で増加、▽関東が7,648億2,500万円(同15.6%減)となり、同4ヵ月連続で減少、▽北陸が560億0,100万円(同19.7%増)となり、同3ヵ月ぶりに増加となった。
▽中部が1,245億9,200万円(同15.1%減)となり、同2ヵ月連続で減少、▽近畿が2,380億0,600万円(同29.7%増)となり、同2ヵ月連続で増加、▽中国が516億3,500万円(同44.4%減)となり、同2ヵ月連続で減少、▽四国が322億2,400万円(同99.9%増)となり、同1ヵ月で増加、▽九州が2,095億2,800万円(同161.9%増)となり、同5ヵ月連続で増加となった。


6月の粗鋼生産量は679.8万トン(前年同月比1.3%増)
5月の普通鋼建築用受注量38.9万トン(前年同月比0.2%減)

日本鉄鋼連盟が7月22日発表した2026年6月の銑鉄生産は、490.5万トン(前年同月比3.1%増)となり、前年同月比では3ヵ月連続で増加。粗鋼生産は、679.8万トン(同1.3%増)となった。
炉別生産では、▽転炉鋼が495.5万トン(同2.7%増)となり、同3ヵ月連続で増加。▽電炉鋼が184.3万トン(同2.3%減)となり、同3ヵ月ぶりで減少となった。鋼種別生産では、▽普通鋼が523.0万トン(同1.3%増)となり、同2ヵ月ぶりに増加。▽特殊鋼が156.8万トン(同1.3%増)となり、同2ヵ月連続で増加となった。
熱間圧延鋼材(普通鋼、特殊鋼の合計)の生産は、580.4万トン(前年同月比1.7%減)となり、同2ヵ月ぶりに減少。▽普通鋼熱間圧延鋼材の生産は449.9万トン(同3.0%減)となり、同2ヵ月ぶりに減少。▽特殊鋼熱間圧延鋼材の生産は130.5万トン(同3.0%増)となり、同2ヵ月連続で増加となった。
なお、5月の普通鋼鋼材用途別受注量は、▽建築用が38万9,191トン(前年同月比0.2%減)。うち▽住宅が9万9,509トン(同16.5%減)、▽非住宅が28万9,682トン(同7.0%増)、となった。
用途別受注量の26暦年(1月~5月)では、▽建築用が205万4,468トン(前年同期比4.7%増)。うち▽住宅が58万4,321トン(同3.5%減)、▽非住宅が147万0,147トン(同8.3%増)、となった。
26年度(4月~5月)では、▽建築用が84万8,029トン(前年同期比8.8%増)。うち▽住宅が22万8,457トン(同1.8%減)▽非住宅が61万9,572トン(同13.3%増)となった。


5月の溶接材料出荷量1万5,159トン(前年同月比7.5%増)
26暦年(1月~5月)の総出荷量7万6,341トン(前年同期比2.2%増)

日本溶接材料工業会が発表した2026年5月の溶接材料出荷量が1万5,159トン(前年同月比7.5%増)となり、前年同月比では3ヵ月連続で増加となった。
出荷量の主な品種は、▽ソリッドワイヤ(SW)が6,191トン(同7.7%増)となり、同4ヵ月連続で増加。▽フラックス入りワイヤ(FCW)が5,131トン(同2.5%増)となり、同5ヵ月ぶりに増加。▽被覆溶接棒が1,636トン(同20.5%増)となり、同3ヵ月連続で増加となった。
26歴年(1月~5月)の出荷量は、▽SWが3万1,469トン(前年同期比3.8%増)、▽FCWが2万5,450トン(同3.2%減)、▽溶接棒が7,823トン(同0.5%増)、その他を含む出荷量計での総出荷量は7万6,341トン(同2.2%増)となった。
財務省の貿易統計による溶接材料5月の▽輸出量は2,369トン(同8.5%減)となり、同4ヵ月連続で減少。▽輸入量は4,802トン(同6.0%増)となり、同1ヵ月で増加となった。
26暦年(1月~5月)の輸出量は1万2,044トン(前年同期比11.5%減)、輸入量は2万3,729トン(同1.6%増)となった。

25年5月-26年5月 溶接材料月別実績表

単位/トン
年/年度 ソリッドワイヤ 前年比
フラックス入りワイヤ 前年比
被 覆
溶接棒
前年比
合 計 前年比
2025年度 5 5,748 -13.0% 5,008 -7.2% 1,358 -23.4% 14,101 -10.6%
6 6,421 -5.5% 5,387 4.4% 1,415 9.7% 15,742 2.5%
7 6,641 -5.4% 5,560 -0.2% 1,476 16.2% 16,122 0.7%
8 5,696 8.0% 5,018 3.9% 1,444 20.3% 14,305 8.7%
9 6,944 -0.5% 5,942 13.7% 1,375 -20.8% 16,968 6.8%
10 6,297 8.2% 5,550 3.8% 1,428 2.3% 15,634 5.4%
11 6,316 3.8% 5,324 0.3% 1,868 -2.2% 15,704 1.5%
12 6,926 9.6% 5,662 4.9% 1,735 9.8% 16,965 9.3%
2026年 1 5,763 -2.4% 5,007 -4.8% 1,605 29.2% 14,665 0.4%
2 6,274 1.3% 4,821 -8.5% 1,197 -38.5% 14,526 -4.4%
3 6,676 2.1% 5,357 -2.2% 1,883 4.7% 16,416 2.1%
2026年度 4 6,565 10.7% 5,134 -2.5% 1,502 4.3% 15,575 5.5%
5 6,191 7.7% 5,131 2.5% 1,636 20.5% 15,159 7.5%
2026暦年(1月~5月) 31,469 3.8% 25,450 -3.2% 7,823 0.5% 76,341 2.2%
2026年度(26年4月~5月) 12,756 9.2% 10,265 -0.1% 3,138 12.2% 30,734 6.5%

注:合計はその他の溶接材料を含めたもの。
(日本溶接材料工業会の発表に基づく)

 

【建築プロジェクト】
「とびUO!プール」――木と鉄がつくる、新しい水の風景

富山県魚津市で1年前の2025年8月1日、国内最大級のCLT(直交集成板)架構を採用した「魚津市室内温水プール(とびUO!プール)」がオープンしました。
CLT(直交集成板)とは、木の板を繊維の向きを交互にして重ねた厚いパネルで、壁や床そのものを構造として使う建材です。
水面を跳ねる魚のように、子どもたちの歓声が天井へと広がっていきます。
ふと見上げたその天井が、無機質なコンクリートではなく、木の梁と鉄骨フレームでできていたとしたらどうでしょうか。
そこはただのプールではなく、構造そのものが語りかけてくる空間になります。

近年、木造建築は大きく進化しています。
その象徴の一つが、横浜に建つ14階建ての木造オフィスビル「Port Plus」です。耐火性能を持つ集成材と鉄骨を組み合わせることで、安全性と合理性を両立しています。
海外では、ノルウェーの「Mjøstårnet(高さ80メートルを超える木造高層ビル)」が、木造でも超高層が可能であることを示しました。
もはや木は、「低層・小規模のための素材」ではありません。

こうした流れの中で注目されているのが、木と鉄を組み合わせる建築です。
木は軽く、加工しやすく、見た目にもやさしい素材です。触れたときの温もりもあり、さらに炭素を固定する環境にやさしい材料でもあります。
一方で鉄は、強い引っ張り力に耐え、細い部材でも大きな力を支えることができます。

つまり、木は「やさしさ」と「広がり」をつくり、鉄は「強さ」と「確かさ」を支える。
両者は競い合うのではなく、支え合う関係にあります。

実際の設計では、こんな役割分担が考えられます。
柱や大きな梁には木を使い、空間の表情をつくる。
一方で、力が集中する接合部やブレースには鉄骨を使い、構造の要を担わせる。
木が“見える構造”をつくり、鉄が“見えない安心”を支える。
この組み合わせによって、合理性と美しさの両方を実現することができます。

プールという建物は、この考え方を試すのにとても適した場所です。
湿気が多く、塩素による腐食もあり、さらに広い空間を支える必要があります。決して簡単な条件ではありません。
しかし木と鉄のハイブリッド構造であれば、それを乗り越えることができます。

例えば、アーチ状の木の梁で大きな空間を覆い、その接合部を鉄骨でしっかりとつなぐ。
すると、やわらかな曲線の木と、シャープな鉄のラインが交差する、美しい天井が生まれます。
それは単なる構造ではなく、空間の象徴になります。
火に対する安全性という点でも、木と鉄は互いを補い合います。
木は燃える素材ですが、一定の厚みがあると表面が炭化し、内部まで燃え広がるのを遅らせる性質があります。
そこに耐火被覆を施した鉄骨を組み合わせることで、より高い安全性を確保することができます。
構造を隠すのではなく、あえて見せる。
そうすることで、利用者に安心感とともに、「建物がどうできているのか」という気づきも与えることができます。
「とびUO!プール」は、水に親しむ場所であると同時に、未来の建築を体験できる場所にもなり得ます。

泳ぎ、跳ね、遊びながら、ふと見上げた先に広がる木と鉄の構造。
その記憶は、自然の素材と工業の素材が一緒に未来を支えている、という感覚を静かに残していくはずです。

木か、鉄か。
そうした二者択一の時代は、もう終わりつつあります。
これからの建築に求められるのは、素材をどう組み合わせ、どう関係づけるかという視点です。

水面を跳ねる魚のように、固定観念を軽やかに越えていくこと。
「とびUO!」という掛け声とともに、木と鉄のコラボレーションは、これからの都市の風景をしなやかに変えていくでしょう。

そしてその第一歩は、プールという身近な空間から始まるのかもしれません。


【時論・公論】
終戦記念日に寄せて

終戦に至る日本は、単なる敗戦処理ではなく、「国家としての統治をいかに維持するか」という極めて難しい局面にありました。国内にはなお強い抗戦意識が残り、対外的には占領を受け入れざるを得ないという矛盾の中で、政府・軍・外務当局は綱渡りの対応を迫られていました。
1945年2月乃至3月の硫黄島の戦いに象徴されるように、日本軍は最後まで激しい抵抗を続けており、その影響は国内の意思決定にも重く残っていました。そのため、7月に出されたポツダム宣言の受諾は容易ではなく、1945年8月6日の広島市、8月9日長崎への原子爆弾投下による未曽有の被害とソ連参戦を経てようやく受諾に至ります。
しかし、8月14日に政府が受諾を決定した後も混乱は続きました。翌15日未明には宮城事件が発生し、終戦の詔書放送を阻止しようとする動きが起きます。それでも宮内省関係者の尽力により録音は守られ、正午には終戦の詔書放送が実現し、国民に敗戦が伝えられました。
しかし、ここからが本当の意味での終戦処理の始まりでした。現場ではなお一部に混乱が残り、各部隊の統制も完全ではありませんでした。アメリカからの指示により、日本は連合国との降伏手続きを進めるため、マニラへの連絡・調整を含む使節派遣の準備を行いました。
その過程は慎重に進められ、非武装・中立的な航空機(緑十字機)による移動が確保される形で実施されましたが、戦後直後の混乱もあり、帰路には静岡県に不時着し飛行機を乗り換える等、航行や通信には多くの困難が伴いました。それでも最終的に、降伏手続きに必要な降伏文書や連絡は確保することができました。
この調整・連絡の実務面で関与したのが陸軍の有末精三でした。有末は連合国との連絡窓口として、占領開始に向けた実務調整にあたり、混乱の収拾に一定の役割を果たしました。
一方で、この段階で最大の焦点となっていたのは占領の形態でした。日本にとっては無血進駐を成立させることが重要な条件であり、その裏側には直接軍政という選択肢が常に存在していました。
連合国側では、ダグラス・マッカーサーの名のもと、日本統治に関する布告案が準備されていました。いわゆる三布告とされるもので、その骨子は次の通りです。
・立法・行政・司法の三権を連合国軍の管理下に置く
・司法権をGHQに帰属させ、軍事裁判制度を適用する
・日本円に代わる軍票(B円)の導入を行う
これらが全面的に実施されれば、日本は統治機構の独立性を大きく制限される形となるものでした。
しかし、実際には、進駐後の現地状況と日本側の対応を踏まえ、運用は慎重に調整されていきます。

1945年8月30日、マッカーサーは厚木飛行場に進駐します。現地の状況や占領統治の安定性を踏まえた判断の中で、外務大臣重光葵との会談が行われ、日本政府が統治機能を維持し占領に協力する意思を示しました。
これを受け、占領は直接軍政ではなく、日本政府を通じた間接統治の形で進められる方向へ整理されていきます。その結果、準備されていた三布告的措置は実施されないままとなりました。
こうして日本は、沖縄など一部地域を除き、全面的な直接軍政を回避する形で占領を受け入れることとなりました。
この過程には、軍の河辺虎四郎、外交の岡崎勝男や重光外相らの対応がありました。国内統制と対外交渉を同時に進める中で、最悪のシナリオを回避した意義は大きいものでした。
このように、日本の終戦は8月15日の一日で完結したものではなく、その前後における数々の危機と判断の積み重ねでした。もし、一つでも歯車が狂っていれば、無血進駐は実現せず、日本の戦後は全く異なる形になっていた可能性があります。終戦とは、戦いの終わりであると同時に、国家の存続をかけた最後の調整の過程でもあったのです。

【SEI】