スノウチニュース<№197> 令和3年3月


【鉄骨需要月別統計】
1月鉄骨需要量は32万3,100トン(前年同月比19.0%増)
20年度(4~1月)は341万7,900トン(前年同月比12.1%減)

国土交通省が2月26日発表した「建築物着工統計調査」の2021年1月着工総面積は8,377千平方メ―トル(前年同月比4.9%増)となり、前年同月対比で17ヵ月ぶりの増加となった。10,000千平方メートル割れは今年に入って11回となった。
▽建築主別は、▽公共建築物が415千平方メートル(同0.6%増)の微増となり、同4ヵ月ぶりの増加となった。▽民間建築物は7,962千平方メートル(同5.1%増)となり、同17ヵ月ぶりの増加となった。
▽用途別は、▽居住建築物は5,013千平方メートル(同0.0%)となり、同17ヵ月連続減となった。▽非居住建築物は3,364千平方メートル(同13.2%増)となり、同4ヵ月ぶりの増加となった。
▽構造別は、▽鉄骨建築のS造は3,183千平方メートル(同19.6%増)となり、同10ヵ月ぶりの増加となった。▽SRC造は96千平方メートル(同10.0%減)となり、同3ヵ月ぶりの減少となった。
一方、▽RC造は1,450千平方メートル(同11.7%減)となり、同4ヵ月連続減となった。▽W造は3,575千平方メートル(同1.3%増)の微増となり、同18ヵ月ぶりの増加となった。
▽鉄骨需要換算では、S造は31万8,300トン(前年同月比19.6%増)の低水準ながら、同10ヵ月ぶりの増加となった。SRC造は4,800トン(同10.0%減)となった。鉄骨造計では前月対比7.5%減の32万3,100トン(前年同月比19.0%増)となった。
20年度(4~1月)では、S造が333万6,800トン(前年度同期比12.9減)、SRC造が8万1,100トン(同38.3%増)となり、鉄骨造合計では341万7,900トン(同12.1%減)となった。

20年1月-21年1月 鉄骨需要量の推移

年/月 S造(TON) 前年比(%) SRC造(TON) 前年比(%) 鉄骨造計(TON) 前年比(%)
2020/1 266,100 -296 5,350 65.9 271,450 -28.8
2 300,000 -20.2 10,400 56.6 310,400 -18.9
363,800 7.5 4,950 7.7 368,750 7.5
352,800 -10.0 9,950 0.0 362,750 -10.0
352,000 -6.4 13,800 88.2 365,800 -4.6
6 364,800 -14.8 4,250 12.9 369,050 -14.6
7 354,300 -25.5 2,100 -67.8 356,400 -26.1
8 291,400 -30.8 2,700 7.8 294,100 -30.6
336,800 -3.3 12,550 64.8 349,350 -1.8
10 328,400 -10.7 5,350 -2.9 333,750 -1.8
11 300,000 -14.5 14,300 208.6 314,300 -11.6
12 338,000 -16.1 11,300 109.7 349,300 -14.4
2021/1 318,300 19.6 4,800 -10.0 323,100 19.0
暦年計(20/1) 318,300 19.6 4,800 -10.0 323,100 19.0
年度計(20/4~21/1) 3,336,800 -12.9 81,000 38.3 3,417,900 -12.1

(国土交通省調べ)

 

【建築関連統計】
日建連1月総受注額約1兆0,774億円(前年同月比15.3%増)
民間工事は6,296億7,500万円(前年同月比6.8%増)

日本建設業連合会(日建連)が2月26日に発表した会員企業95社の2021年1月受注工事総額は1兆0,773億6,900万円(前年同月比15.3%増)の2ヵ月連続1兆円台となり、前年同月比で5ヵ月ぶりに増加となった。うち民間工事は6,296億7,500万円(同6.8%増)となり、同1ヵ月で増加に戻った。官公庁工事は4,370億7,800万円(同54.9%増)の大幅増となり、同5ヵ月連続増となった。
国内工事は1兆0,669億0,900万円(同22.2%増)の大幅増となり、同4ヵ月連続増となった。民間工事は6,296億7,500万円のうち、▽製造業が907億8,100万円(同28.8%増)となり、同3ヵ月連続増となった。▽非製造業は5,388億9,400万円(同3.9%増)となり、同5ヵ月ぶりに増加となった。
官公庁工事の4,370億7,800万円のうち、▽国の機関が3,371億2,500万円(同92.8%増)の大幅増となり、同8ヵ月連続増となった。▽地方の機関は999億5,300万円(同6.9%減)となり、同1ヵ月で減少に転じた。▽その他が1億5,600万円(同89.6%減)の大幅減となり、同1ヵ月で減少に転じた。▽海外工事は104億6,000万円(同83.0%減)の大幅減となり、同10ヵ月連続減となった。
20年度(4~1月)の総受注総額が10兆0,646億4,300万円(前年度同期比5.6%減)となった。民間工事が6兆7,746億5,700万円(同11.2%減)、官公庁工事が3兆0,750億5,600万円(同25.8%増)、海外工事が1,811億0,600万円(同67.2%減)となった。
一方、1月の地域ブロック別の受注工事額は、▽北海道139億5,000万円(前年同月比37.5%減)となり、前年同期比で3ヵ月連続減となった。▽東北2,658億1,000万円(同433.2%増)の超大幅増となり、同1ヵ月で増加に戻った。▽関東3,872億4,500万円(同3.4%増)となり、同1ヵ月で増加に転じた。▽北陸389億円3,500万円(同27.2%減)となり、同3ヵ月連続減となった。
▽中部709億8,900万円(同29.3%減)となり、同1ヵ月で減少に転じた。▽近畿1,741億1,600万円(同4.1%増)となり、同4ヵ月連続増となった。▽中国216億0,100万円(同40.9%減)の大幅減となり、同1ヵ月で減少に転じた。▽四国130億7,300万円(同14.8%増)となり、同1ヵ月で増加に戻った。▽九州812億円(同41.4%増)となり、同3ヵ月ぶりの増加となった。


1月粗鋼生産792.4万トン(前年同月比3.9%減)
12月普通鋼建築用54.5万トン(前年同月比19.2%増)
20年普通鋼建築用579万トン(前年比2.1%減)

日本鉄鋼連盟は2月22日に発表した2021年1月の銑鉄生産は601.0万トン(前年同月比7.1%減)の前年同月比11ヵ月連続減となり、粗鋼生産は792.4万トン(同3.9%減)の同11ヵ月連続減となった。
炉別生産では、▽転炉鋼が609.0万トン(同5.9%減)となり、同11ヵ月連続減。▽電炉鋼が183.4万トン(同3.5%増)となり、同23ヵ月ぶりの増加となった。
鋼種別生産では、▽普通鋼が607.0万トン(同4.6%減)となり、同11ヵ月連続減。▽特殊鋼が185.5万トン(同1.5%減)となり、同26ヵ月連続減となった。
▽熱間圧延鋼材(普通鋼、特殊鋼の合計)の生産は682.0万トン(同3.8%減)となり、同31ヵ月連続減となった。▽普通鋼熱間圧延鋼材の生産は534.4万トン(同5.5%減)となり、同11ヵ月連続減となった。▽特殊鋼熱間圧延鋼材の生産は147.6万トン(同2.8%増)となり、同25ヵ月ぶりの増加となった。
一方、12月の普通鋼鋼材用途別受注量では、建築用は54万5,472トン(同19.2%増)となった。そのうち▽非住宅用が35万1,597トン(同18.3%増)となり、▽住宅用が19万3,875トン(同20.9%増)となった。
20歴年(1~12月)の建築用は578万9,649トン(同2.1%減)となった。そのうち▽非住宅が407万5,959トン(同0.1%減)となり、▽住宅が171万3,690トン(同6.5%減)となった。


12月溶接材料の出荷量1万7,022トン(前年同月比21.3%減)
20年(1~12月)出荷量20万4,324トン(前年同期比19.1%減)

日本溶接材料工業会が発表した2020年12月の溶接材料実績(生産・出荷・在庫)では、生産量は1万6,014トン(前年同月比25.3%減)の前年同期比12ヵ月連続減。出荷量は1万7,022トン(同21.3%減)の同12ヵ月連続減。在庫量は1万8,075トン(同2.1%減)となり、同2ヵ月連続減となった。
生産量の主品種は▽ソリッドワイヤ(SW)が6,637トン(同24.1%減)の同12ヵ月連続減。▽フラックス入りワイヤ(FCW)が5,297トン(同27.1%減)の同12ヵ月連続減。▽被覆アーク溶接棒が1,660トン(同30.0%減)の同11ヵ月連続減となった。その他を含む生産量計では1万6,014トン(同25.3%減)となった。
出荷量の主品種は▽SWが7,143トン(同16.9%減)の同12ヵ月連続減。▽FCWが5,615トン(同25.1%減)の同12ヵ月連続減。▽溶接棒が1,918トン(同23.9%減)の同12ヵ月連続減となった。その他を含む出荷量計では1万7,022トン(同21.3%減)となった。
在庫量の主品種は▽SWが6,653トン(同40.7%増)の同12ヵ月連続増。▽FCWが6,745トン(同7.2%増)の同7ヵ月ぶりの減少。▽溶接棒が2,379トン(同19.7%減)の同4ヵ月連続減となった。その他を含む在庫量計では1万8,075トン(同2.1%減)となった。
20年度4~12月の生産量は14万6,191トン(前年同期比23.3%減)となり、出荷量は14万8,974トン(同21.9%減)となった。なお、20年1~12月の生産量は20万2,934トン(前年同期比20.2%減)となり、出荷量は20万4,324トン(同19.1%減)となった。

19年12月-20年12月 溶接材料月別実績表

生産量
年/年度 ソリッドワイヤ 前年比 フラックス入りワイヤ 前年比 被 覆  溶接棒 前年比 合 計 前年比
2019年 12 8,743 10.3 7,263 2.1 2,370 13.8 21,431 8.7
2020年 1 7,248 ▼6.7 6,637 ▼3.3 2,085 10.7 18,771 ▼7.2
2 7,379 ▼13.6 6,788 ▼8.0 1,680 ▼20.7 18,359 ▼14.2
3 7,645 ▼18.6 7,251 ▼2.4 2,320 ▼1.1 19,613 ▼11.5
2020年度 4 7,248 ▼16.6 6,773 ▼7.7 2,146 ▼11.8 18,724 ▼11.8
5 5,519 ▼29.1 5,340 ▼28.0 1,726 ▼28.7 14,746 ▼28.7
6 5,008 ▼44.6 6,744 ▼3.8 2,121 ▼14.6 16,417 ▼21.8
7 5,091 ▼48.7 6,212 ▼26.0 2,227 ▼3.8 16,173 ▼31.5
8 5,064 ▼31.4 4,921 ▼17.6 1,615 ▼24.6 13,828 ▼24.6
9 57,17 ▼36.6 6180 ▼22.4 1775 ▼26.7 15,740 ▼29.6
10 6,997 ▼22.9 5,829 ▼27.9 1,728 ▼25.6 17,120 ▼23.5
11 7,528 ▼16.6 5,855 ▼20.3 1,845 ▼9.2 17,429 ▼17.8
12 6,637 ▼24.1 5,297 ▼27.1 1,660 ▼30.0 16,014 ▼25.3
2020年
(1-12月)
77,381 ▼25.9 73,827 ▼16.6 23,188 ▼17.4 202,934 ▼20.2

 

出荷量
年/年度 ソリッドワイヤ 前年比 フラックス入りワイヤ 前年比 被 覆  溶接棒 前年比 合 計 前年比
2019年 12 8,596 8.9 7,498 4.1 2,519 31.1 21,619 9.5
2020年 1 7,000 ▼8.4 6,681 ▼6.7 2,224 ▼8.4 18,758 ▼11.9
2 6,925 ▼18.4 6,517 ▼8.7 2,032 ▼8.6 17,821 ▼13.9
3 7,379 ▼17.3 6,910 ▼7.1 2,128 ▼12.7 18,771 ▼13.6
2020年度 4 6,627 ▼21.7 6,470 ▼24.8 1,885 ▼24.8 17,491 ▼18.3
5 5,569 ▼33.1 6,037 ▼17.5 2,024 ▼13.0 15,689 ▼23.5
6 5,581 ▼35.3 6,525 ▼12.3 2,162 ▼10.8 16,863 ▼20.2
7 4,688 ▼48.2 5,688 ▼26.9 2,044 ▼11.1 15,937 ▼31.0
8 5,306 ▼31.7 5,363 ▼17.6 1,914 ▼11.6 15,027 ▼22.7
9 6,374 ▼28.3 6,089 ▼19.5 2,028 ▼14.3 16,579 ▼23.2
10 6,710 ▼21.2 5,757 ▼26.1 1,900 ▼11.0 16,897 ▼23.2
11 7,171 ▼10.5 5,929 ▼18.9 1,814 ▼11.7 17,209 ▼15.0
12 7,143 ▼16.9 5,615 ▼25.1 1,918 ▼23.9 17,022 ▼21.3
2020年
(1-12月)
76,733 ▼25.3 74,101 ▼16.7 24,073 ▼13.7 204,324 ▼19.1

単位/トン

 

日本溶接材料工業会

【建築プロジェクト】
東京駅八重洲1丁目東B地区再開発は大林・大成JV
S造・SRC造、地下4階・地上51階、延床22万5,200平米

東京駅前八重洲1丁目東B地区市街地再開は、東京駅八重洲口前に面した好立地区にもかかわらず敷地細分化と建物老朽化が進んでおり、東京駅前としてふさわしい土地活用がされていない状況にある。再開発により、国際都市東京の新たな陸の玄関口の役割を担う。
同再開発組合(加藤一男理事長)は、事務所や店舗、バスターミナル、カンファレンス、医療施設、住宅、駐車場などで構成する超高層ビル(B地区)と低層ビル(A地区)で構成されている。東B地区はS造・一部SRC造、地下4階・地上51階・塔屋1層建て(最高さ250メートル)、延べ床面積約22万5,200平方メートル。
東B地区の特定業務代行者は東京建物・大林組JV。東京建物と都市再生機構が参加組合員として参画。基本設計とバスターミナル計画は日本設計が担当。実施設計は大林組、施工は大林組・大成建設JV。 2021年10月に着工し、2025年4月に竣工する予定。
なお、東A地区は別途工事となり、設計・施工者は未定。計画は、地下3階・地上11階建て(同45メートル)、同1万2,200平方メートルの事務所や店舗からなる複合ビル。
同再開発の整備方針・主な特徴は、東京駅前の交通結節機能の強化▽国際競争力を高める都市機能の導入と地域コミュニティやにぎわいを創出し、防災対応力強化と環境負荷低減となっている。東京駅前の交通結節機能では羽田・成田国際空港への直行バスや主要都市を結ぶ高速バスのバスターミナルを整備するとともに、東京駅と周辺市街地等を結ぶ、地上・地下の歩行者ネットワークなどによる利便性を図る。
また、日本橋周辺のライフサイエンスビジネス拠点と連携した交流施設の整備や高度医療施設と連携した初期医療施設を整備する。国際会議・学会・セミナー等を開催するカンファレンス施設の整備や展示・PR、演劇・コンサートの劇場整備をする一方、震災などによる帰宅困難者受入れや備蓄倉庫の整備。さらにコージェネレーションシステムによる地域冷暖房施設や非常用発電施設による業務継続機能など最新設備を備える計画となっている。


連載/あの人、この人(11)
サクセスストリーのY氏

サクラ前線情報の季節になった。「今年も自粛でお花見がでない」とお嘆きの声も聴く。サクラが咲く頃になると鉄骨ファブリケーターのY社長が語った「サクラ吹雪の鉄骨」の話が懐かしい。
はじめにY社長が鉄骨ファブのS工業(伊丹市)になるまでの歩みを紹介する。徳島県の生まれ、9人の兄弟姉妹だった。田舎の昭和一桁生まれは、学校を卒業すれば働くことが当たり前だった。Y少年も戦後まもなく、学校を出ると人伝に大阪・西成の鍛冶・トビ業のS組に住み込みで働くことになる。「この親方の息子が後の東宝・俳優の故藤木愁(本名・鈴木愁蔵)だった」と言っていた。
親方は妾宅を事務所代わりにし、職人の采配や打ち合わせ場所としていた。現場でも私生活でも親方は人使いが荒く、Y少年は苦労する。「そりゃ今、こんな人の使い方をしたら誰も居なくなる」と公私にわたって酷使されたという。27歳頃、やっと認められ独立することになる。「親方から退職金代わりに機器工具類などを貰って、西宮の六甲山麓の掘っ立て小屋まで運んだ」という。作業場兼住居でひとり鉄骨加工業を興す。作業場の前のなだらかな坂道沿がサクラ並木になっていた。
独立から苦節十年ほど。東京五輪から大阪万博と移り、建築需要が旺盛になった。「まさに神風が吹いたようだった。当時は軽量形鋼の鉄骨加工が多く、注文が切れることが無かった」と当時を回顧する。需要が供給を上回り、Y青年の生真面目と腕の良さが認められ順風満帆の船出となる。
独立当時は、鋼材費の他はエンジン溶接機にガス溶断器一式ほかは溶接棒や高圧ガス、塗料など消耗品と電気・水道代の支払いだけのため、段ボール箱に現金を無造作に入れていた。地元信用金庫の外交員がたびたび訪れ、「うちに預金すれば利子が付くし、現金のままでは危ない」と再三の説得に折れ、信金との付き合いになるが残高・利子に目もくれず仕事一筋の日々だった。
冒頭の「サクラ吹雪の鉄骨」の話はこの頃で、縁あって所帯を持ち会計を新妻に任せ、一人前のY親方となり、先手になる若者も雇っていた。H形鋼を使う鉄骨加工となっていた。作業場は狭くなり、道端を鉄骨のヤード代わりにする。「サクラが満開の夕方、道路端で錆び止めを塗り置いた。朝になったら夜の風で散った花びらが鉄骨に点在し、サクラ吹雪の鉄骨になっていた」。
若い職人が「親方、もう一度塗り直しますか」と聞いたが、Y親方は「(現場組立ての)時間がないからこのまま行こう」と決めた。建築現場では「遠山の金さん並みのサクラ吹雪の鉄骨が運ばれた」と工事関係者は驚いた。工事責任者が「お~い、Yさんよ。サクラ吹雪とは粋なもんだね」と、笑ってくれたので救われた。建て方込みの鉄骨のため建て方完了後は、Y社長と若い職人と二人でサクラ吹雪を消すために塗り直し、事なきを得たという話である。
預金先の信金支店長の紹介で、伊丹市内の田んぼのド真ん中の一画を購入することになる。「まともな建屋がないため、電気と水道を引くまではほとほと困った。工事の足場材を大量に貰い、掘っ立て小屋を作った。雨が降れば傘をさして作業した。梅雨時はカエルがうるさく、泥道でトラックの出入りが大変だったが広い敷地に満足だった」。坂道のサクラ並木の狭い土地からの解放だった。
それでも4~5年もすると住宅や工場が建つようになる。阪急線・伊丹駅からの立地が良く、従業員募集には困らなかった。Y社長の人望もあり業績はうなぎ上りになる。73年の兵庫県鉄工建設業協同組合(鉄建組合)設立に協力するまでになっていた。Y社長は持ち前の運営力・調整力が買われ理事になる。78年に兵庫鉄建協組の第2代目の理事長に就任する。S工業も大型物件を手掛ける規模となり、隣接地買収し拡充を図り、大臣認定Hグレードを取得し、さらに総合建設業認可ともなる。
私とY社長とは80年春、鉄建組合・A専務理事の仲立ちで出会う。その後は、Y理事長との関係は組合理事会・総会や7支部会合、全国鉄構工業連合会(全構連)近畿支部会で頻繁に会うことで親交が深まり、公私にわたる付き合いが増え、前述のような過去の話をボツボツ聴くようになる。
ヘビースモカーの私がS工業社長室を訪れると、タバコを吸わないY社長は「ニコチンの匂いが先にくる」と言われ、タバコが吸えなかった。85年春にタバコを止めた時は「よく禁煙ができたね」と喜んでくれた。Y社長馴染みのスナックに寄った時は、カラオケで三波春夫の「俵星玄蕃」や「大利根無情」を歌う。ほれぼれする声量と節回しに魅了され、ファン一号を自評するようになった。
経営内容や業績状況を言及しないY社長だが、「昼休み、何人もの従業員がマイカーを洗車している。水道代はともかく、汚れたトラックはそっちのけ」とこぼした。「だれも注意しない?」と聞くと、「わしが傍を通ったら、『トラックも洗っておいてくれ』くらいは言うが、上司も工場長もよう言わん」と社風の一端を吐露することも。この頃は、ひとり娘の婚期と後継者の悩みがあったようだ。後継者問題では、古参の番頭や親族がいたが、むしろ若くても統率力のある人材の登用を模索していたようだ。
私が88年春に東京本社勤務となり、Y理事長として全構連会合で上京の折に会う程度となった。初めに上京した時など「銀座のクラブと言う処を行ってみたい」と言われ、「銀座もピンキリあり、キリの方で良ければご一緒しましょう」と同行することも。93年「鉄構技術展」(東京・晴海の国際貿易センター)での開会式で体調を崩し、聖路加国際病院に入院し、見舞いに日参することもあった。一回りも歳が離れているものの、Y理事長にとって唯一気の許せる仲だったのかも知れない。
95年1月の阪神淡路大震災後、同年5月17年に亘る理事長を退き事業に専念と思っていたが、翌年6月に全構連5代目の会長に就任。96年の鉄骨需要量は1,030万トンをピークに800万トン前後で推移する。そんな背景もあり、Y会長は「(ゼネコンの)指し値、安値を断る勇気」とし、秩序・協調で安定した業界維持の方針を貫いた。公益法人改正に伴い全国鉄構工業協会(全構協)への組織変更や新しい工場認定制度の「指定性能評価機関」への道筋を付け、2期4年の会長職を務め切った。
徳島の在所から裸一貫で大阪に来たY少年がトビ・鍛冶に奉公し、苦節十年を経て鉄骨加工の親方になり、努力と勤勉さで鉄骨製作業のS工業社長へ。運営手腕と調整力で鉄建組合の理事長となる。そして全構協の会長へと登り詰めた人生。「Y氏のサクセスストリー」の一端。
【中井 勇】